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第33話 角度によって変わる存在

Auteur: 青砥尭杜
last update Date de publication: 2025-02-25 21:31:07

 十一月四日の昼過ぎ。

 魔道士にとっての聖地であるウァティカヌス聖皇国へとカイトたちを運ぶ大型客船は、航行計画の通りに十一月四日の昼過ぎ、ウァティカヌス聖皇国で唯一大型の船舶が停泊できるスペツィア港へ入港した。

 ウァティカヌス聖皇国は「世界最小の国」として知られ、その国土面積はカイトが生活するミズガルズ王国の王都プログレの二百分の一ほどしかないが、魔道士の聖地として永世中立国の立場を貫き独自の発展を遂げた国だった。

 歴史的な建造物や景勝地にも恵まれ、温暖で平和な聖皇国は観光立国を成した国でもあり、多くの客船が停泊する聖皇国で唯一の港は賑わいを見せていた。

 久々に踏む地面が与える安心感も合わさり、客船を降りたカイトたちの足取りは軽かった。

 カイトたちはまず聖皇国内に設置されているミズガルズ王国の公使館へと移動した。

 腹だけが肥えた中年太りの公使は、到着したカイトたちを歓迎して深々と頭を下げた。

「公使を務めております、スペイドと申します。長旅お疲れ様でございました。聖皇国に滞在の間の諸用は何なりと私へお申し付けください」

「お世話になります」

 カイトが頭を下げて応じると、スペイドは恐縮の表情を浮かべながら今後の予定を口にした。

「聖皇陛下への謁見は、明後日の午後を予定しております。それまでは、どうぞゆっくりとおくつろぎください」

「はい。そうさせてもらいます」

 カイトたちはスペイドに案内され、ゆっくり歩いても公使館から十五分ほどの高台にあるホテルへと移動した。

 客室まで荷物を運び入れた客船の乗組員に礼を言いながらチップを渡したカイトは、客室の窓を開けて聖皇国の街並みを眺めた。

 港町特有の密集した建物はどれも海の青さと調和がとれていた。

 活気がある美しい港町だとあらためて感じたカイトが鼻唄まじりに荷ほどきをしていると、程なくして客室のドアをノックする音がした。

 カイトがドアを開けると、やや緊張した様子のスペイドが立っていた。

「ロザリオ魔道士団の第三席次であられるアルトゥーラ卿が、閣下に面会を求めてこのホテルを訪れております」

 スペイドの口からエルヴァの息女であるアルトゥーラの名を聞いたカイトは、スペイドが緊張している理由を察した。

「分かりました……アルトゥーラ卿はどちらに?」

「ロビーでお待ちです」

「では、セリカ卿とステラ卿に声をかけてからロビーに降ります」

「かしこまりました。アルトゥーラ卿には私よりお伝えしておきます」

 深く頭を下げたスペイドは、足早にロビーへと先に降りた。

 カイトは軍服に乱れがないか確認してから、セリカとステラの部屋を順に回ってからロビーへと降りた。

 ロビーでカイトたちを待っていたのは、快活さと可憐さが見事に調和する長身の女性だった。

 艶やかな黒髪をポニーテールにまとめている女性の瞳の色は、エルヴァと同じ琥珀色だった。

 十六歳にして百七十センチを既に越える長身で、すらりと伸びた手足に緋色の地に金糸の刺繍で縁取りされた軍服を身に纏っている。

 直立の姿勢から軽く会釈した女性は、カイトをまっすぐに見つめながら口を開いた。

「ウァティカヌス聖皇国、ロザリオ魔道士団の第三席次を預かる、アルトゥーラです」

「はじめまして。カイト・アナンです。エルヴァ卿にはお世話になっています」

 アルトゥーラの整った眉が、カイトの口にした「エルヴァ」という名にピクリと反応する。

「残念ながら、エルヴァを父だと思ったことはありません」

「そうですか……じゃあ、アルトゥーラ卿と俺は似た者同士かもしれませんね。俺も母親の再婚相手を父親とは認識できなかったので」

 自分の身の上を明かして微苦笑を浮かべるカイトを見たアルトゥーラは、微かに驚く様子をみせてから表情をわずかにやわらげた。

「カイト卿のご到着に際し、ロザリオ魔道士団を代表して歓迎の挨拶に伺いました、が、カイト卿と語らいたくなりました」

「ありがとうございます。それは嬉しいです。俺もアルトゥーラ卿のお話を聞きたいです」

「本日は雑務が立て込んでいるので、残念ですがここでおいとまいたします。お疲れのところ時間をいただき、ありがとうございました。明後日の聖皇陛下への謁見と、その後の祝賀晩餐会にはわたしも参列します。おりいった話はまたその折りにでも」

「はい、是非。楽しみにしてます」

「では、これにて失礼いたします」

 アルトゥーラは軽く会釈すると、くるりと身体を右に回してロビーを出て行った。

「末恐ろしい十六歳ですね……」

 ホテルから出るアルトゥーラの背中を見送ったステラが、ぽつりと感想を漏らした。

「ですね」

 ステラの感想にカイトが短く同意すると、セリカも自分の感想を付け加えるように口を開いた。

「容姿も十六歳には見えませんね。垣間見える繊細さだけは、思春期特有の空気をわずかに残してはいますが」

 セリカの感想にうなずいたカイトは、アルトゥーラにとってのエルヴァという存在を思った。

「どうやら、アルトゥーラ卿にとってのエルヴァ卿は「いい父親」ではないようですね。俺にとっては「いい師匠」なんですが……同じ家で生活してても俺には父親と思えなかった母の再婚相手も、妹にとっては「いい父親」だったんだろうし。父親って角度によって変わるもんなんでしょうか……?」

 このテルスという異世界にいるはずの実の父親と対面したときに自分は何を思うのか。そんな疑問がカイトの言葉を疑問形で終わらせた。

「まあ、アルトゥーラ卿にとっては、まったく帰国しようともしないエルヴァ卿を父親と思えってのは酷な話かもしれませんね」

 カイトの心境を察して敢えて軽い口調を選んだセリカに対して、ステラが「まあ、それもあるかしらね」と苦笑を返した。

「それも? 他にもありますか?」

 ステラの含んだ物言いにカイトが小首を傾げてみせると、カイトと視線を合わせたステラは、

「エルヴァ卿は、こと女性に関して奔放に過ぎます」

 とバッサリ斬り捨てるように言い切った。

「世界最強の偉大な魔道士にして女性にはだらしない父親ってわけですか……思春期の女子からすれば嫌悪感を持つなって言うのは無理な注文かもしれませんね……」

 カイトの感想は「父である前に男」なエルヴァと「男である父を嫌悪する娘」なアルトゥーラという親子に対して等しい同情を含むものになった。

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